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![]() 2回目の恍惚Kissの題材は、グスタフ・クリムトの「接吻」です。 ウィーンの世紀末から20世紀初頭に、新しい芸術を求めた分離派(セセッション)のリーダ的存在が、グスタフ・クリムトでした。 クリムトの名声を確立させたのは、金や銀を多様した2次元的装飾の中に、3次元的(写実的)に人物を閉じ込めた、いわば「永遠化」した画風によるものです。 私自身、この「接吻」は以前レプリカ(あ、小さいサイズなので高価なものではないです(汗))を自室に飾るぐらい好きな絵画でした。しかし、現在は飾っていません、、、この「接吻」はこの絵自体にかなりの存在感があり、ともすればインテリアを支配してしまうほどの影響力がある絵です。 眼も眩むほどの黄金の文様、、これは男性のほうは長方形のパターンで、文様自体が男性を象徴し、女性のほうは円形紋パターンで女性を象徴しています。 まさにこの瞬間”接吻”をしょうとしているのか、女性の顔は上気し、陶酔しているようにも見受けられます。又、この女性の顔を慈しむように両手で囲む男性の力強い手、、、。 足元の可憐な流れるような花々は、"愛”や”充足”を表現しているようにも感じます。 「接吻」はまさに"愛の楽園”を描き出しているのか、、、しかし、この構図を観て気になることが常に1つありました。 人物の上部の頭部部分が絵の枠ギリギリだということです。 クリムトは、”愛”や”エロス”を好んで表現した画家ですが、それと同時に"死”も表現しています。 「生と死」の間の「愛及びエロス」です。 この「接吻」は、ただ単に恋人同士の接吻を描いただけでなく、その背後の「生と死」を表現しているとも考えられます。 この構図のギリギリ感は、クリムトが求めた愛の高揚感、それに絡めて、"生”と”死”という相反するものの、ギリギリの統一を示しているのでは、、、、、、。 クリムトは人間のエロスを文様で記号化し、そこに植物的な生命感と、人間の命の躍動を、金箔という眩いばかりの世界で包み込み、”愛”という形で「生と死」を表現したのかもしれません。 |
![]() 思いつきプチ企画です。以前TV番組で「キスを巡る4つの愛の物語」という放送があり、これにヒントを得て、3回連続記事にします。1回目だけは、そこでも取上げられた作品ロベール・ドアノー「市庁舎前のKiss」です。 2回目からは自分でセレクトした題材で、「恍惚Kiss(絵画)」で、3回目は「激情Kiss(映画)」です。3回目はもう、バレバレですが(汗)。 写真、絵画、映画の3つの異なる表現分野での「Kiss」を取上げたいと思います。 まず、「接吻」を辞書で引くと、「相手の唇、頬、手などに唇をつけ、愛情、尊敬を表わすこと。くちずけ。キス(幕末に作られた新漢語)」 とあります。映画を観ていると、邦画では控えめな表現のほうが多いのは、西洋のようにKissの習慣もなかったのでしょうね。又なんとなく、あまり濃厚なキスシーンは洋画のほうがしっくり馴染んで見えるのは、文化の違いなのかもしれません。 さて、この写真を初めて私が見たのは、確かポストカードだったと思います。その時疑問に思ったことが、、、、これは偶然に、この瞬間にカメラマンが居合わせたのか?もしくは、セッティングされ撮影されたものだったのか?その疑問は今回解けました、、、、、1950年に撮影されて以来、世界中の人々に溜息をつかせてきた「市庁舎前のKiss」。 ドアノーが生涯に渡って撮り続けたのは、パリで見かけた普通の人々の普通の振る舞いです。 娘フのランシーネさんは、よく撮影に同行されたそうですが、父親の撮影方法をこう説明しています 「父は待つんですよ。撮られる人が父の存在を意識しなくなるまでね。 (中略)父はパリを"小さな劇場"と呼んでいました。」 としたら、このKissは偶然?55年前この世界一有名なKissをした女性フランソワーズ・ボルネさん(75歳)によると 「ええ、そうよ、これが私が55年前にKissした写真よ、 ドアノーさんに、ここに来てKissするように言われたんですの。私達、役者の卵だったの。そこでドアノーさんに以前、街角で見かけたKissを撮りたいと頼まれて、ここで彼とKissしたの。 もっとも、彼とは半年後喧嘩して別れちゃったけど。 中略 ドアノーさんはポーズとかKissの仕方とかはいっさい言わなかったの。だから私達はいつもしているとおりの自然なKissをしたのよ。」 美男美女だと思いましたが、役者の卵だったんですね。全くの作り物ではなく、2人は本当の恋人同士であった。 ドアノー自身は戦争が終わりを告げ、若者達が誰はばかることなく、このようにKissできる平和な時代が到来したことを、この作品に込めたようです。 しかし、この外灯の位置、背後に朧げに存在する市庁舎、行き交う人々の臨場感、そして恋人達の束の間の甘いKissの瞬間、、、見事な構図です。 やはり歴史に残る名作、「市庁舎前のKiss」です。 |
![]() 男優カテゴリーを作りました。1回目はジェームス・ディーンです。 私がジミーを最初に観たのは確か、小学3年の時の深夜TVの「エデンの東」です。この時のジミーの瞳の奥の悲哀を秘めたとても演技とは思えない演技に釘づけになりました。この頃からファンなのでファン歴2*年なんですね、、。 ![]() ジミーは生前3作品の映画しか出演していません「エデンの東」「理由なき反抗」「ジャイアンツ」です。 この3作品の中での主人公はどれも性格的に似通っています。孤独であり、屈折していて、それでいて不器用で、時に優しく、愛されることを心から望んでいる、、、。 ジミーは9歳で実母と死別し、実父は仕事が忙しく親戚にジミーを預けたそうです。そんな生い立ちがジミーが映画の主人公を演じる上で、ジミー自身の孤独が投影され、演技とは思えないほどのリアリティを持って迫ってきます。 特に、「エデンの東」での父親に拒絶され、泣き崩れるシーンでは、その憂いを含んだ瞳から涙がボロボロと溢れ出し、映画とわかっていても、手を差し伸べたくなるほどに胸が締め付けられます。 実生活のジミーは、ピア・アンジェリという女優と恋に落ちますが、 ピアの母親がジミーを気に入らなく、ジミーは宗教の改宗までピアの為に考えていたのに、ピア自身が母親にはむかう事ができなく、悲恋に終わります。 この後ゴシップで他の女優とのロマンスも伝えられますが、ジミーが本当に心底愛していたのは、ピアだったと思います。 ピアはジミーと別れてすぐ、母親の進める歌手と結婚しますが、この結婚式になんとジミーはバイクで、教会の少し前の道路にいたそうです。 私もジミーの伝記をかなり読んで、記憶が正しければこの教会前のバイクに跨って俯いているジミーの写真もありました。 この当時のスターが、パパラッチのような記者が沢山取材にきている結婚式に、このような未練がましい行動をとるなんて、、それほどまでして、ピアを失いたくなかったんでしょうか、、、。 ジミーは自分を偽る事なく、世間に自分がどう見られるかより、自分の正直な気持ちで行動したんだと思います。 ピアとの悲恋がなかったら、スピード狂に拍車がかかることもなく、あんな自動車事故も起こらなかったかもしれません。 ピア自身も確か、40歳前で亡くなっています。最後に 「私の人生で愛した人はただ1人、、ジミーだけ」 と言い残したといいます。 しかし、若くしてこの世を去った為、ジミーはいつまでもあの姿のまま 存在しています。 皮肉ですが、だからジェームス・ディーンは伝説になったのかもしれません。 |
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ゆきちさんから、バトンが回ってきました。
お題は「題名にお名前がのっている人がびっくりして受け取るバトン」 だそうです、、、、私の場合、本当に次に回す人はいてません(汗)。 ゆきちさんからのお題は、、 「よ・か・お・と・こ」です。 (説明) (壱)・・ 回ってきた5文字を携帯の記憶している変換機能で 1字ずつ変換 (弐)・・ その変換候補にでる上位5っを惜しげもなくさらす (参)・・そして次に回す人に新たな5文字を提示 (参)は無理なので、すいません(汗)。 (よ) 1=より・・・・・どこかの場所よりかな? 2=ようです。・・??状態の説明かな? 3=ようでしたら・上に同じ? 4=ようで・・・・またまた同じ? 5=吉田・・・・・知人です。 (か) 1=柏・・・・地名に関係 2=化成・・・建材メーカだと思う 3=過去・・・過去のなにでしょうか? 4=係・・・・なにかの係りかな? 5=方・・・・方向?あいさつ? (お) 1=お世話・・・挨拶文の最初のほうです 2=お願いします・・・これもいつも使います 3=大きい・・・寸法かな? 4=お金・・・・お金がかかりますよ?的な文章かも? 5=置いて・・・何を置いてなんだったか? (と) 1=時・・・・時は金なり? 2=取りに・・なにかを取りにいく?? 3=登録・・・?? 4=扉・・・・前にメーカ名か?無垢材??? 5=土地・・・探してます (こ) 1=混んで・・たぶん病院で遅れる連絡かな? 2=工業・・・・メーカー? 3=構造・・・・説明かもしれないです。 4=固定・・・・確認か? 5=困って・・・なにか困ってたんでしょうか? 全然、おもしろくない内容でしたね、、、(涙)。 「よかおとこ」という粋なお題をふって頂いたゆきちさんに敬意を払って、最後に私の最愛の「よかおとこ」画像を、、、(逃)。 ![]() 男優カテゴリーの最初にジミーを書こうと思っているのですが 思い入れが強すぎて、、なかなか書けないです。 完璧(溜息)。 ![]() |
![]() 最初に訂正です、まだ本になっていませんでした(焦)。新聞連載が終わり本になったとの記事を読んだような気がしてたんですが、、、本の画像がないので、新聞の切り抜きの画像ですいません。(スタンドの下の黒い物は葛饅頭でなく、ペーパーウェイトです。なんだか葛饅頭みたいに見えるので(汗)) 日本文学研究者ドナルド・キーン(角地 幸男訳)「私と20世紀のクロニクル」です。挿絵は山口晃さんで、正確なデッサン力と精緻な描写が素晴らしいです。 キーン氏が自分と日本との関わりや、戦争体験、交流のあった文学者、日本文学の翻訳における過程などを綴った回顧録です。 下記は三島由紀夫と川端康成のノーベル文学賞におけるキーン氏の感想です。 「ノーベル文学賞の順番が日本にまわってきたのは、1968年のことだった。しかし受賞者は川端康成で、三島でなかった。この最も権威ある文学賞を川端が受賞したことは、確かに喜ぶべきことであったに違いない。しかし、このことが2人の死の一因となったかもしれない。」 「私は、なぜ彼が4部作に「豊穣の海」という題をつけたか尋ねたのだった。私は当時、三島についての原稿を書いていて、その意味を間違いなく理解したいと思っていた。彼の返事はこうだった。 "豊穣の海は月のカラカラな嘘の海を暗示した題で、強いていへば、宇宙的虚無感と豊かな海のイメージとダブらせたやうなものであり、禅語の「時は海なり」を思ひ出していただいてもかまいません。” まだ、私はその意味がわかったとは言えなかった。しかし私は何か不安で、不吉なものさえ感じた。「豊穣の海」に水がないのと同じように、世界はまったく意味がないものだという結論に三島は達したというのだろうか。」 「川端はノーベル文学賞の受賞を喜び、授賞式の記念講演のために「美しい日本の私」という感動的な一文を書いた。 中略 不幸にして川端はノーベル賞受賞者としての名声をさらに確かなものとするような作品を、もはや書くことが出来ないようだった。多くの作品を手掛けたが、どれも未完に終わった。 三島は川端の受賞を喜び、おそらくその気持ちに嘘はなかった。しかし、三島はノーベル文学賞の順番がまわってくる地理的要因から考えて、次の日本人の受賞まで少なくとも20年はかかることを知っていた。彼はそれまで待てなかった。」 「川端は三島の死に愕然とした。 中略 満足のゆく作品を何もかけないまま川端は、日本文学の国際的評価を高めるのに役立つような企画に打ち込んだ。彼は、1972年秋に開催される外国日本文学研究会議の発起人だった。 中略 しかし、会議がはじまる6ヶ月前に川端は自殺を遂げた。 大岡昇平によれば、ノーベル文学賞が三島と川端を殺したのだった。」 掲載文はもっと詳しく書かれてます。キーン氏は研究者としての回顧録のため終始淡々と綴っていますが、リアルタイムで2人に接していて得た感想なのでしょう。 この辺りを読んである言葉を思い出しました、、”完璧な美は生き続けることができない”、、、類稀な才能を持ったあまりか、完璧を求めるあまりか、私のような凡人には想像の及ばない感情です。 全編は戦争時の話もあり、往年のスターであるグレタ・ガルボや、伝説の歌姫マリア・カラスの話もあり読み応えがありました。 私がいちばん心惹かれた文章は下記です。 「将来は飛行機や自動車が古風な趣を帯びて郷愁を誘う対象となり、人々は個人用ロケットで宇宙を移動しているかもしれない。 幾つかのもの、たぶん一番大切なものは、同じままである。例えば「源氏物語」を読むと、そんな気がする。私達の生活が千年前の貴族の生活といかに大きく違っても、この小説が自分のことのようにわかるのは、紫式部が描いた感情の数々が私達自身のものであるからだ。 愛、憎しみ、孤独、嫉妬その他は、生活様式がいかに変わろうと不変のままである。「源氏物語」であれ「シェークスピア」であれ、昔の文学を読む大きな楽しみの一つは、時空を超えて人々が同じ感情を共有しているのを発見することである。」 |
![]() 作家川端康成と画家東山魁夷との往復書簡が紹介された本です。 秋頃に読みました。装丁が美しく、白地に東山魁夷の「冬華」をモデルにした樹木が浮き出す形で立体的に表現されています。(この画像だと写りません(涙))。 東山魁夷といえば、唐招提寺障壁画を思い浮かべます。 東山魁夷の絵は、日本の自然を描いたものですが、日本画の枠に収まらない霞がかかったような幻想的な絵でありながら、なにか絵の根底に温かみのようなものを感じます。 この本は、文豪と画家の魂の交流の記録です。 東山魁夷の絵も多数収められていますが、手紙の内容も、旧仮名遣いを活かした美しいものでした。以下抜粋ですが、、 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 拝啓 漸く春めいてまいりました。先生はじめ皆様御健勝でお過ごしの御 事と存じ上げます。 先日は御著「美しさと哀しみと」御恵送下さいまして誠に有難う ございます。 女人の美しさと哀しみが古都のたたずまいの中に妖しく揺れ合ふ 有様を興味深く拝讀致しました。 中略 末筆ですが御令閨御令嬢様によろしく御鳳声の程願ひ上げます。 敬白 三月十七日 川端康成先生 東山魁夷 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 拝啓 昨日新潮社の藤井君、拙者「片腕」の御装画、山へ持参してくれまし て拝見。実にありがたく存じました。 中略 家内も御装画を拝見し、よろしく申し上げてほしいとの事。 奥様に何卒よろしくお傳へ下さいませ。 八月十二日 東山魁夷様 川端康成 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (本では中略部分はなく、全文掲載されています。) 文学を通して日本独自の美を追求していた川端康成は、東山魁夷の画家としての純粋さに賞賛を惜しみませんでした。 又、類稀な審美眼をもつ川端康成が収集した美術品の数々も紹介されています。 川端康成は実にまめに手紙を書く人だったらしいです。三島由紀夫との往復書簡もよく知られていますが、最近読んだ本で、2人の関係に興味深い記述がありました。次回はその本を紹介したいと思います。 |
![]() (サグラダ・ファミリア外観) 私が建築を志すきっかけになったのが、アントニオ・ガウディです。中学3年生の夏休みにたぶんNHKでガウディ特集をたまたま見たのがきっかけです。担任は絵が好きな私には美術科を進めましたが、(工業高校とかの部類で図案化や美術科がある高校です)このガウディを見て、すぐ進路を建築科に変更しました。漠然と”絵”より”建築”のほうが食べていけるんでは?という思いもありました。 とにかく、ガウディを見るまで、建築とは、真っ直ぐな箱だと思っていました、、、でも、ガウディの建築はすべて生き物のような曲線で構成されていて、衝撃を受けました。 ![]() (サグラダ・ファミリア生誕のファサード) ガウディは、ル・コルビジェらの機能主義全盛のなかで、長い間異端児扱いされてきましたが、今日ではその独自の構造性や合理性において再評価されつつあります。 ガウディは作品と環境の有機的調和を考え、生態系をモチーフにした幾何学を追求した先駆者でもありました。 ガウディの建築は旺盛な生命力を感じます。ここの写真は全て、実祭スペインにて撮影したものですが、このサグラダ・ファミリア今だに建設作業が続いています。 通常、ゴシック教会建築は外観の要素として上昇志向を持っているものですが、このサグラダ・ファミリアは上昇しているだけでなく、下にも根をおろしていくような感じを受けました。植物のように、地面に根を生やす一方、天空に向けて生えていくような外観です。 この教会はカタロニアの信仰の地モンセラットに酷似しています。 ガウディは「自然は常に開かれて読むに値する偉大な書物である」と述べています。 ![]() (サグラダ・ファミリアの小塔内部の巻貝にも似た階段) ガウディが腐心したサグラダ・ファミリア中央身廊部の柱は二重螺旋面という高次のフォルムであり、それ自身運動を、成長を、更に精神的上昇を象徴するものでもあります。 ガウディの言葉に 「建築は芸術である。 力学は骨格であり、骨組みである。 しかし骨にはそれに調和を与える肉が欠けている。 あるいはそれを包む形態が欠けている。 調和を持つなら、芸術となろう。」 ガウディの装飾に惑わされては、彼の本質は見えません。 彼は教会の構造実験に10年を費やしました。下記の写真は砂袋を逆さに吊り下げた彼独自の構造実験模型です。 ![]() 普通、建築は意匠(デザイン)、構造、設備に分業されています。このような建築の性質から、最近の耐震偽装も起きたのでは、、、と悲しく思います。 ガウディは意匠だけでなく、構造家としても優れた才能を持っていました。 、、、長くなるので、ガウディは又、取上げたいと思います。 |
![]() ![]() 今日は、バレンタインデーですね!ミニ達より愛を込めて、皆様にチョコケーキのプレゼントです。 ケーキの中央はロデオマークのつもりです(焦)。料理は苦手なので、かなりヘタな出来具合で許してください(涙)。 ミニ達が「さぁ、どうぞ召し上がってください!」ポーズのなのですが、ジャックの手が上手く上がらなく、ナヨッとした感じになってしまいました(悲)。 味の保障はありませんが、どうぞ遠慮なくお召し上がりください! (この後、おもいっきり粉砂糖を振りかけてお子様仕様のケーキに変身しました(汗)、、家族にはBBM病は秘密なので、、。 私自身はチョコは苦手で食べれません。かなり濃いブラックコーヒとなら少し食べれます。甘いものは好きですが、チョコレートだけは苦手なんです。) |
![]() ジャン・フランソワ・ミレーの「春」です。ですが上の絵は私が高校時に描いた模写です。本物はこちらです。(想像空間さまのページです。コメントも素敵です。) うーん、本物より、かなり雑ですし、技術もないです(焦)。 私がこの絵を初めて見たのは、小学生の時の新聞です。日曜版で絵画紹介のコーナーがあり、新聞半分のスペースがこの「春」でした。 雨上がりの田園の風景で、印象派の先駆けともなった作品です。 この絵を見た時、「あ、これこそ天国のイメージだ!」と思い、衝撃を受けました。光と影の交差、彼方の幽かに架かる虹、後方の幻想的な森林、、ミレーは「種を蒔く人」などが有名ですが、この絵は特に好きです。 高校1年の建築学科の美術演習の夏休みの課題が「自分の好きな画家の一番好きな絵を描く」でした。 迷わず、ミレーの「春」にしようと思いましたが、油絵の具などなく、、これはケント紙にアクリル絵の具で描いています、、ムチャクチャです、、紙は波打ってました(笑)。 又、絵のきちんとした基礎(建築学科でもすこしデッサンは習いますが) もなく、悪戦苦闘しました(汗)。 よく生死の境を彷徨った人が「三途の川を渡りかけた、、」と話しますが、あれは”脳”が記憶している天国のイメージらしいです。 私だったら、この田園の中央の小道を、後方の幻想的な森林に向かい歩いて行くような気がします、、なにしろこの絵が私の”天国”のイメージなんです。 天国で思い出したのが、最近の興味深い記事です。 「輪廻転生」は事実、、、この記事を読むと、やはり森羅万象の思想が思い浮かび、又、「ガイア仮説」(地球全体を意思を持った生命体と仮定した説)などもこの記事の根底に通ずるものだと思います。 みなさんは、”天国”のイメージはありますか?? |
![]() イタリアの建築家アンジェロ・マンジャロッティの2004年の日本での「Angelo Mangiarotti」展の本です。 彼は、建築、プロダクト、彫刻など広範囲のデザインを手懸けていますが、この本の中の家具「Eros」(エロス)を取り上げます。 ![]() ![]() これは、締め金物を一切用いず、部材を円錐あるいは台形にする事で、重力がジョイントを固定します。(素材は大理石) 「Eros」とはこの有機的な結合の形状からの、性的暗示による命名です。ここでは、重力を味方にしたデザインが実現されています。 マンジェロッティのデザインはジョイント(力学=物理)が入念に考案され、それが全体のデザインを決定しています。 この本のなかのマンジェロッティの言葉に 「私は2500年前のギリシャ時代の数学が現代において姿を変えて使われる、という事象にとても興味をもっています。東洋の思想やギリシャの数学は時を超えても変わらない不動のものです。これらの考え方というのは何よりも強く、またモノの基本となるものだと思っています。」 とあり、うーんと納得してしまいました。 ![]() それからもう1つ、結婚指輪「Vera Laica」について。これはリングが真ん中で2つにわかれ、ホゾにより接合され、指にはめている限りホゾが圧迫され分解してしまうことのない構造になっています。 ふたつの円弧が合体して、完全なる円環が形成されます。結婚指輪といった社会的、宗教的な意味や性をも超えて、ふたりの人間の精神的、肉体的な絆や結合を象徴しています。 実はこの指輪で最近のロイターニュースを思い出しました。少し待つと記事横に写真がでてきます。 記事の題名は「永遠の抱擁」と、、、時空を超えて、人間同士の絆の尊さに、思いを馳せました。 |
![]() 私が子供の頃に買ってもらい、今は実家から自宅に持ってきて子供達が読んでいます。画像は英語版ですが、題名はノーム(Gnomes)で、オランダの人気画家リーン・ポールトフリートと、そのお友達の科学者ヴィル・ヒュイゲンが20年に渡ってノームの生活を研究、観察した記録書です。 日本語版の訳は遠藤周作、山崎陽子、寺地伍一です。 ノームとは「地の精霊」という意味だそうで、この本では体長(帽子をぬき)15cmとなっています。昔から伝説に語りつがれてきたノームの生活や歴史上のエピソード(画家レンブラントの知人だったノームの語る内緒話など)も紹介しています。 ノームの地下の家の構造など、子供の時はわくわくして読みました。 年齢に関係なく家族全員で楽しめる巾広い絵本であり、わかりやすい瞑想の書でもあります。 大型書で縦31cm、横22cm、厚さ2cmあります。 現在日本語版は絶版なのか?検索しても出てきませんでした(涙)。 |
![]() 引越しで手間取り、記事がとまってしまいました(焦)。しかし、思いどうりのオリジナルテンプレが出来て、嬉しいです! 実はBBMに影響されて、夏場に赤いカウボーイハットを購入しました。被り方について検索していた所「カウボーイハットの被り方」というページを見つけました。 これによると、このシーンのジャックの被り方はNGなのかな??しかし、映画でジャックのくだけた性格を表わす為の、演出なのでしょうね。対してイニスは、深く被ったままです。これもイニスの初対面の人間とは簡単に打ち解けられない性格を表わしていると思います。 細かい演出ですよね、、、(感心)。 上記の紹介ページの最後のほうで食事中は通常ハットをとるが、バーなどのカウンターでは被ったままでもOKとあります。きちんと考案されたシーンなんですね。 私自身、帽子はかなり好きで常に外では被っていますが、このタイプの帽子はあまり、似合いませんでした(汗)。 鼻の高い人が似合うタイプの帽子だと思います。ラリーンも似合ってましたよね。しかし、夏場は結構被ってました。つばが広いので日差しをよく遮ってくれるんです。また、カウボーイハットは前方頭の部分に窪みがあるので、帽子の着脱時にこの窪みに手がすっぽり付くので、仕草がとてもサマになるんです。新たな発見でした。 購入した赤いカウボーイハットです。 ![]() |
![]() BBMのフィギアです。大きさはスケールとして横に爪楊枝を置いてあります。 製作のきっかけはkabioさん宅でのBBMのミニイニス&ミニジャックのかわいいイラストです。そのイラストにしじみさんが「このミニ達はkabioさん宅に座敷童子のように住み着いてる?」コメントがあり、そこで、しじみさん宅でしじみさんがミニテントを製作されました。この時のコメントに「あと、ミニ達のフィギアがあればいいのにね!」とあり、ちょうど建築模型の紙粘土が余っていたので、製作してみました。 フィギアなんて初めてですので、できるか不安でしたが、出来は良くないですがなんとか出来ました(笑)。 しかし、フィギアは本来、樹脂粘土で製作しないといけないらしく、ミニ達の足裏にすでにクラックのきざしが、、(焦)。 製作してみて改めて、人物の顔の特徴を掴んでイラスト化(それも可愛い!)したkabioさんの力量、又、ユニークな視点でテント製作したしじみさんの実行力に感心しました。 このミニ達のコラボ記事は又紹介したいと思います。(あ、たんに記事のネタがないためかも、、(汗)) |
![]() ![]() ![]() BBMのDVDBOXです。以前しじみさん宅で匿名で紹介していだだきました。部屋が写りすぎているので、匿名にしてもらったのですが、迷惑かけたと反省しました、、。 最初、革を箱に貼ろうかと思ったのですが、ちょうど手頃な大きさの箱を見つけ、、でも、悲しいかな斜めにしかDVDが入りません、、マヌケです(焦)。 革留めはBBMの映画の中のロデオマークをアレンジしました。 箱の内側は、ラストの山の絵葉書を手書きしました。画像が鮮明でないですが、あんまり上手く描けていません。 しかし、この絵葉書を描いて気づいたことがあります。それは、この絵に使用した色は青、藍色、黒が、かなりの割合を占めていたことです。 これって”ジャックの色”ですよね(プロダクションノートではイニスは茶色等のアースカラーだそうです)。 だから、イニスはこの絵葉書を選んだのかな、、(涙)。 制作費は2千円ほど(ほとんど箱代)でした。 |
![]() 最近、息子に就寝前に読み聞かせをしているのが、ミヒャエル・エンデ作(上田真而子、佐藤真理子訳)の「はてしない物語」です。 映画では「ネバーエンディング・ストーリー」でおなじみですね。 映画はこの本を読み終えてから、レンタルしてあげようと思います。 対象年齢を今見ると小学6年から、、と、、少し早かったかな(焦)。 この本は装丁が実際の本の中のお話とリンクし、あかがね色で蛇が互いの尻尾をくわえたアウリンの模様と同じです。 息子も、何度も手でなぞるようにこの蛇の模様に指を添えていました。 ファンタジー小説の秀作です。 |
![]() 夏頃にプロダクトデザイン関連で検索して見つけた、おもしろい蝋燭立てです。 解説は「子供が汗をかく、不気味な蝋燭立て」だそうです。 あまりのおもしろデザインに、kabioさんにメールで画像添付してしまいました(笑)。(kabioさんはおもしろデザインお好きなのかな?と思い) 汗とゆうより、頭髪状態ですよね?最後はカパッと蝋が頭型にとれるのかな? チェコ出身のデザイナーで、パリの展示会の新作らしいです。 |
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写真の椅子は近代建築の巨匠の1人、ミース・ファン・デル・ローエの「バルセロナチェア」です。この椅子はバルセロナ万国博覧会のドイツ館(バルセロナパビリオン)の椅子としてデザインされました。
会期中は国王アルフィン13世の王座として使用されました。 横から見た脚部のカーブが見事です。 この建物は石とガラスとクロム銅で構成された、ミニマムであり、細部の精度が高く、美しい建物です。石屋の息子であるミースの、石に対する素材への研ぎ澄まされた感覚が生かされています。写真は実際スペインで、建築探訪旅行にて撮影しました。 若いうちに海外旅行をしないと、現在はとてもとても、、。 金銭的(これが一番)にも、時間的にも無理です、トホホ。 ![]() |
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